目次
「リスクを取れば、その分だけ期待リターンが高まる」——これは投資の世界で広く信じられている命題だ。しかし、「リスク」とは何を指すのか?そして、どれだけのリターンが要求されるのか?
CAPM(Capital Asset Pricing Model、資本資産価格モデル)はこの問いに数学的な答えを与える 1960 年代に発展した理論だ。
1. CAPM の基本式
CAPM の核心は以下の 1 行に集約される。
E[Ri] = Rf + βi × (E[Rm] - Rf)
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| E[Ri] | 資産 i の期待リターン |
| Rf | リスクフリーレート(国債利回り等) |
| βi | 資産 i のベータ(市場リスクに対する感応度) |
| E[Rm] | 市場ポートフォリオの期待リターン |
| (E[Rm] - Rf) | 市場リスクプレミアム |
この式は**「資産の期待リターンは、リスクフリーレートに、ベータに比例したリスクプレミアムを上乗せした値に等しい」**と主張する。
2. β(ベータ)とは何か
ベータは「市場全体の動きに対する個別資産の感応度」を表す。
βi = Cov(Ri, Rm) / Var(Rm)
- Cov(Ri, Rm): 資産 i のリターンと市場リターンの共分散
- Var(Rm): 市場リターンの分散
2.1 ベータの解釈
| ベータ値 | 解釈 | 具体例 |
|---|---|---|
| β = 1.0 | 市場と連動 | S&P500 インデックスファンド |
| β > 1.0 | 市場より変動が大きい | ハイテク株、レバレッジ ETF |
| β < 1.0 | 市場より変動が小さい | 生活必需品株、金 |
| β = 0 | 市場と無相関 | 現金、一部の代替資産 |
| β < 0 | 市場と逆の動き | 金(一部期間)、VIX 関連 |
2.2 具体的な計算例
過去 36 ヶ月の月次リターンからベータを計算する場合:
import numpy as np
from scipy import stats
# 資産 i の月次リターン(36 ヶ月分)
returns_asset = np.array([0.02, -0.01, 0.03, ...]) # 実際は 36 個
# 市場ポートフォリオの月次リターン(S&P500 等)
returns_market = np.array([0.015, -0.005, 0.025, ...])
# ベータの計算
slope, intercept, r_value, p_value, std_err = stats.linregress(returns_market, returns_asset)
beta = slope
print(f"β = {beta:.2f}")
この回帰分析の傾きがベータだ。
3. CAPM の導出——なぜこの式になるのか
CAPM は以下の仮定のもとで導出される。
3.1 前提仮定
- 投資家は合理的で、リスク回避的
- すべての投資家は同じ情報を入手可能(同質的期待)
- 取引コスト・税金は存在しない
- 資産は無限に分割可能
- すべての資産は市場で取引可能
3.2 効率的フロンティアと市場ポートフォリオ
これらの仮定の下で、投資家は「期待リターン一定でリスク最小」または「リスク一定で期待リターン最大」のポートフォリオを選ぶ。この最適ポートフォリオの集合が効率的フロンティアだ。
すべての投資家が同じリスクフリー資産と市場ポートフォリオ(すべてのリスク資産を時価総額加重で保有するポートフォリオ)の組み合わせを選ぶことになる。これが分離定理だ。
3.3 資本市場線(CML)
リスクフリーレートと市場ポートフォリオを結ぶ直線を**資本市場線(Capital Market Line)**と呼ぶ。
E[Rp] = Rf + (E[Rm] - Rf) / σm × σp
これは「効率的なポートフォリオ」の期待リターンを示す。しかし、個別資産はこの線上にない(個別資産は非系統リスクも含むため)。
3.4 証券市場線(SML)
個別資産の期待リターンを示すのが**証券市場線(Security Market Line)**だ。
E[Ri] = Rf + βi × (E[Rm] - Rf)
ここで重要なのは、個別資産のリスク測定には標準偏差(σ)ではなくベータ(β)を使う点だ。なぜなら、分散投資可能なリスク(非系統リスク)は市場で評価されないためだ。
4. 系統リスクと非系統リスク
CAPM の核心は「リスクの分解」にある。
総リスク(σ²) = 系統リスク + 非系統リスク
| リスクの種類 | 別名 | 内容 | 分散投資で低減 |
|---|---|---|---|
| 系統リスク | 市場リスク | 金利、インフレ、景気、地政学など経済全体の要因 | 不可 |
| 非系統リスク | 固有风险 | 企業の経営判断、製品失敗、訴訟など個別要因 | 可能 |
CAPM が示すのは「市場で評価される(=リスクプレミアムが付く)のは系統リスクだけ」ということだ。
4.1 分散投資の効果
ポートフォリオに含める資産数が増えるほど、非系統リスクは低減する。
| 銘柄数 | 非系統リスクの低減率 |
|---|---|
| 1 銘柄 | 0%(低減なし) |
| 10 銘柄 | 約 60% |
| 30 銘柄 | 約 90% |
| 100 銘柄 | 約 95% |
十分分散されたポートフォリオでは、非系統リスクは無視できる水準になる。
5. 実務での CAPM 活用
5.1 株式の期待リターン算出
例:ある日本企業の株式の期待リターンを CAPM で算出する。
| 入力値 | 値 | 出典 |
|---|---|---|
| リスクフリーレート(Rf) | 0.5% | 日本国債 10 年利回り |
| 市場期待リターン(E[Rm]) | 6.0% | 東証インデックス長期平均 |
| 市場リスクプレミアム | 5.5% | E[Rm] - Rf |
| ベータ(β) | 1.2 | 過去 3 年の週次リターンで回帰分析 |
E[Ri] = 0.5% + 1.2 × 5.5% = 7.1%
この株式の要求収益率(割引率)は 7.1% と算出される。
5.2 プロジェクト評価(CAPM を活用した割引率設定)
企業投資の NPV(正味現在価値)計算でも CAPM が使われる。
NPV = Σ(CFt / (1 + r)^t) - 初期投資
ここで割引率 r に CAPM で算出した期待リターンを使う。
5.3 アルファ(α)の計算
CAPM からの「ずれ」をアルファと呼び、運用者のスキル測定に使われる。
αi = 実際のリターン - CAPM が予測するリターン
= Ri - [Rf + βi × (Rm - Rf)]
| アルファ | 解釈 |
|---|---|
| α > 0 | 市場をアウトパフォーム(ベータ調整後) |
| α = 0 | 市場と同等のパフォーマンス |
| α < 0 | 市場をアンダーパフォーム |
6. CAPM の限界と批判
CAPM は理論的に美しいが、実証研究ではいくつかの限界が指摘されている。
6.1 実証的な問題点
ベータだけではリターンを説明しきれない
- Fama-French の 3 要因モデル(規模、バリュー)、4 要因モデル(モメンタム)が提案された
市場ポートフォリオの観測不可能性
- 理論上の「すべての資産を含む市場ポートフォリオ」は現実には存在しない
ベータの時間的不安定性
- 過去のベータが将来も安定とは限らない
6.2 それでも CAPM が使われる理由
- シンプルで直感的: 1 つの式でリスクとリターンの関係を表現
- 実務で十分有用: 多くの企業で資本コスト算定のデファクトスタンダード
- 拡張の基盤: Fama-French モデルなども CAPM の延長線上にある
7. 現代的な発展——Fama-French モデル
CAPM を拡張したモデルが Fama-French の 3 要因モデルだ。
E[Ri] = Rf + βi×(Rm-Rf) + s×SMB + v×HML
| 要因 | 説明 |
|---|---|
| Rm-Rf | 市場リスクプレミアム(CAPM と同様) |
| SMB(Small Minus Big) | 小型株プレミアム |
| HML(High Minus Low) | バリュー株プレミアム(B/P 比率が高い - 低い) |
さらにモメンタム要因(WML)を加えた 4 要因モデル、投資要因と収益性要因を加えた 5 要因モデルも提案されている。
まとめ
- CAPM の基本式:
E[Ri] = Rf + βi × (E[Rm] - Rf) - ベータ(β): 市場リスクに対する感応度。共分散を市場分散で割った値
- 系統リスク vs 非系統リスク: 市場で評価されるのは系統リスクのみ
- 実務活用: 株式の期待リターン算定、プロジェクト評価、アルファ測定
- 限界の理解: ベータ以外の要因(規模、バリュー等)もリターンに影響
CAPM は「リスクとは何か」「市場で評価されるリスクは何か」という根本的な問いに答える理論だ。完璧ではないが、金融の世界で最も広く使されているモデルである事実に変わりはない。
免責事項 — 当記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。