Lab Research 男女賃金格差の解剖——統計の誤解を解きながら本質的な格差を見る
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「女性の賃金は男性の約74%」——この数字は何を意味するか

厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2023年)によると、一般労働者(フルタイム)の男女別賃金を単純比較すると、女性の賃金は男性の約74%程度にとどまる。この数字はよく「日本の男女賃金格差が大きい」という文脈で引用されるが、この比較だけでは「なぜ差があるか」の本質が見えない。

統計数字を正しく読むには、「何と何を比べているか」を常に意識する必要がある。男女の賃金格差には、職種・雇用形態・勤続年数・年齢・学歴・産業といった多くの変数が絡んでいる。

格差を生む「三層構造」

男女賃金格差は、大きく三つの層に分解できる。

第一層:雇用形態の差

非正規雇用の割合が男女で大きく異なる。厚生労働省「雇用均等基本調査」等によると、女性の非正規比率は約53%(2023年)で、男性の約22%と比較して大幅に高い。

非正規雇用の時間当たり賃金は正規に比べ低い傾向にある。よって「男女全体の平均賃金」を比較すると、雇用形態の差だけで賃金格差の相当部分が説明される。

実態:フルタイム正規社員だけを比較した場合、男女の賃金格差は縮小するが消滅はしない。

第二層:職種・産業の差

高賃金職種(金融・IT・管理職)への女性の参加率が低く、低賃金職種(介護・保育・サービス業)に女性が集中しやすい傾向がある。これを「職業的分離(Occupational Segregation)」という。

産業・職種 女性比率(概算) 相対賃金水準
保育士 約95%
介護職 約70%
看護師 約88% 中程度
金融・証券専門職 約30〜40%
IT エンジニア 約25〜30%
管理職全体 約13%

高賃金職種の女性比率が低い理由は複合的だ。採用時のバイアス、出産・育児によるキャリア中断、長時間労働文化との相性の悪さ等が重なる。

第三層:勤続年数・昇進速度の差

日本の賃金体系は年功序列型の要素が強く、勤続年数が賃金に大きく影響する。女性は出産・育児による離職・育休・時短勤務を経ることで、男性と同期の勤続年数が積み上がりにくい。

さらに「管理職へのルート」において、出産前後のキャリア空白やフルタイム勤務困難が昇進のタイミングを遅らせる。管理職になると年収が大きく跳ね上がるため、管理職比率の差が賃金全体の格差に直結する。

「同一労働同一賃金」で残る格差——調整後賃金格差

上記の三層(雇用形態・職種・勤続年数)を統計的にコントロールした「調整後の男女賃金格差」を試算した研究によると、同一職種・同一雇用形態・同一勤続年数の条件下でも、なお10〜20%程度の説明不能な格差が残ることが多い。

この「残差格差」の原因として経済学者が挙げる要因は以下の通りだ。

  • 評価・昇進における無意識のバイアス:同一実績でも男女で評価が異なる可能性
  • 交渉力の差:賃金交渉を積極的に行う傾向の男女差
  • ネットワーク効果の差:職場内外のネットワークが昇進機会に影響
  • 柔軟な働き方への「ペナルティ」:育休・時短勤務を取得した事実が評価に影響

国際比較——OECD加盟国の中での位置づけ

OECDが発表する男女賃金格差指標(フルタイム正規雇用の中央値比較)では、日本の格差は加盟国中で大きい部類に入る。

男女賃金格差(フルタイム中央値比較)
ルクセンブルク 約1%
ベルギー 約5%
スウェーデン 約7%
イギリス 約15%
日本 約21%
韓国 約31%

(出典:OECD、最新年の概算値)

日本の順位が高い理由として、管理職における女性比率の低さ・非正規雇用の女性集中・年功序列型賃金体系が複合していると分析される。

「女性活躍推進」の限界——管理職比率が低いまま

女性活躍推進法(2015年)施行以降、女性就業率は上昇した。しかし管理職に占める女性の割合は2023年時点でも約13%程度にとどまり、国際水準(OECD平均約33%)の半分以下だ。

管理職比率が低い原因として、次の構造的問題が指摘される。

昇進ルートの前提問題:日本の大企業では、管理職への登用は「転勤・長時間労働を厭わない」という暗黙の前提を含むケースが多い。出産後に時短勤務やフレックス勤務を選択した女性は、このルートから外れやすい。

パイプライン問題:管理職候補となる「課長前段階」の女性比率も低い。若年期の配置・育成機会が男女で異なれば、管理職候補のパイプラインに女性が少なくなる。

ロールモデル不足:管理職の女性が少ないと「自分もなれる」というイメージが醸成されにくく、女性自身の昇進意欲にも影響するという研究がある。

格差縮小に向けた論点

男女賃金格差を縮小するには、単純な「同一賃金」の義務付けだけでは不十分で、以下の複合的な取り組みが必要だ。

雇用形態の二極化の解消:正規・非正規の処遇格差を縮小し、短時間正規雇用の普及を進めることで、子育て中の女性が正規雇用に留まりやすくする。

管理職比率の数値目標と実行:目標設定だけでなく、昇進審査の透明化・採用・育成段階でのパイプライン整備が必要だ。

男性の家事・育児参加の推進:男性育休の取得促進が女性のキャリア継続を構造的に支援する。男性育休取得率は近年上昇しているが(2022年度:17.1%)、取得期間は短い傾向がある。


まとめ

日本の男女賃金格差(フルタイム比較で約21%)は、雇用形態の差・職種の偏り・勤続年数の差という三層構造から生じており、それぞれに固有の原因がある。三層をコントロールした後にも10〜20%程度の説明不能な格差が残るという研究もあり、評価バイアスや機会の不平等が構造的に存在する可能性を示唆する。管理職比率が国際水準の半分以下にとどまる現状は、昇進ルートの前提(転勤・長時間労働)と育児負担の偏りが組み合わさった帰結だ。格差縮小には制度整備に加えて、雇用慣行・家庭内役割分担という深層の変革が不可欠だ。

免責事項 — 当記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。