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「1億総中流」という言葉は1970〜80年代の日本社会を表現した自己認識だった。当時の内閣府「国民生活に関する世論調査」では、9割前後の国民が自分を「中流」と認識していた。しかし2000年代以降、この認識は崩れ、格差社会への問い直しが続いている。ジニ係数の推移と国際比較から、日本の所得格差の「実態」を解剖する。
ジニ係数とは何か
ジニ係数は所得分配の不平等度を0〜1の数値で表す指標だ。0は完全平等(全員が同じ所得)、1は完全不平等(1人が全所得を独占)を意味する。0.3以下は比較的平等、0.4以上は格差が大きい社会とされることが多い。
日本のジニ係数の推移
厚生労働省「所得再分配調査」が3年ごとに発表するジニ係数(当初所得・再分配所得)の推移:
| 調査年 | 当初所得ジニ係数 | 再分配後ジニ係数 | 再分配による改善率 |
|---|---|---|---|
| 1987年 | 0.4049 | 0.3040 | 24.9% |
| 1993年 | 0.4394 | 0.3112 | 29.2% |
| 2000年 | 0.4725 | 0.3373 | 28.6% |
| 2008年 | 0.5318 | 0.3758 | 29.3% |
| 2014年 | 0.5704 | 0.3759 | 34.1% |
| 2017年 | 0.5594 | 0.3721 | 33.5% |
| 2020年 | 0.5700 | 0.3812 | 33.1% |
出所:厚生労働省「所得再分配調査報告書(2020年)」
重要な読み取りポイントが2つある。
第一に、「当初所得(税・社会保障を考慮前)」のジニ係数は0.57と非常に高い。これは市場での稼ぎによる格差が大きいことを示す。特に高齢者の「現役引退後の無収入」が当初所得の不平等を押し上げる(高齢化の影響)。
第二に、再分配後(税・社会保障を経た後)のジニ係数は0.38まで下がる。日本の税・社会保障制度による再分配機能が働いていることを示すが、それでも「格差社会」の閾値とされる0.4に近い水準だ。
国際比較でみる日本の位置
OECD統計(可処分所得ベースのジニ係数、2020年前後):
| 国名 | ジニ係数 | 格差の特徴 |
|---|---|---|
| スロバキア | 0.232 | 最も平等なOECD国の一つ |
| デンマーク | 0.281 | 北欧型福祉国家 |
| ドイツ | 0.296 | 強い再分配政策 |
| フランス | 0.292 | 社会保険充実 |
| 日本 | 0.334 | 中位 |
| 韓国 | 0.333 | ほぼ同水準 |
| 英国 | 0.366 | 比較的高い格差 |
| 米国 | 0.395 | OECD内で最も格差大 |
| メキシコ | 0.438 | 高い格差 |
出所:OECD.Stat「Income Distribution Database」
OECD平均(約0.317)と比較すると、日本は中位よりやや高い格差水準にある。「1億総中流」のイメージとは異なり、日本の格差は北欧・大陸欧州型よりも英米型に近い。
「1億総中流」崩壊の実態
相対的貧困率の上昇
OECD基準の相対的貧困率(可処分所得の中央値の50%未満に生活する人の比率):
| 年 | 日本の相対的貧困率 | OECD平均 |
|---|---|---|
| 1985年 | 約12% | — |
| 2000年 | 約15% | — |
| 2012年 | 16.1% | 11.4% |
| 2015年 | 15.7% | — |
| 2018年 | 15.4% | 11.1% |
| 2021年 | 15.4% | — |
出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」、OECD
日本の相対的貧困率15.4%はOECD平均を大きく上回り、G7の中でも米国(17.4%)に次ぐ高い水準だ。「格差が小さい国」というイメージは実態と乖離している。
子どもの貧困率
特に深刻なのは子どもの貧困だ。18歳未満の相対的貧困率は約13.5%(2021年)と、約7人に1人の子どもが貧困状態にある。とりわけひとり親世帯の貧困率は約48.1%と深刻で、OECD加盟国の中でも最悪水準のひとつだ。
世代間格差の実態
日本の格差問題で見落とされがちなのは「世代間格差」だ。
年代別の平均所得(2021年)
| 年代 | 世帯平均年収 |
|---|---|
| 29歳以下 | 約297万円 |
| 30〜39歳 | 約518万円 |
| 40〜49歳 | 約591万円 |
| 50〜59歳 | 約617万円 |
| 60〜69歳 | 約466万円 |
| 70歳以上 | 約330万円 |
出所:厚生労働省「国民生活基礎調査(2022年)」
現役若年層(29歳以下)の世帯年収は約297万円と、50代の半分程度だ。若年層の非正規雇用比率の高さ(20代で約25%)が所得水準を押し下げている。
フローとストックの格差
フロー(所得)の格差だけでなく、ストック(資産)の格差も無視できない。
金融庁・日銀の統計によれば、家計金融資産約2,100兆円のうち6割超が60歳以上に集中している。相続・贈与を通じた資産移転が格差を世代間で固定化する「資産格差の世代固定」が進んでいる。
| 年齢層 | 金融資産保有比率(推計) |
|---|---|
| 60歳以上 | 約63% |
| 40〜59歳 | 約27% |
| 40歳未満 | 約10% |
格差の要因分析
非正規雇用の拡大
1990年代以降、非正規雇用の比率は急増した。2023年の非正規雇用率は約37%(約2,124万人)。正規と非正規の賃金格差は約2倍(月収ベース)に及ぶ。
高齢化の統計的効果
前述の通り、高齢化は「現役引退した無収入の高齢者が増える」ことで、当初所得のジニ係数を押し上げる。この「見かけの格差」は再分配で縮小するが、高齢者内部の格差(年金収入の格差)は再分配後でも残る。
まとめ
日本の所得格差の実態は「1億総中流」のイメージとかけ離れている。再分配後のジニ係数0.38はOECD平均を上回り、相対的貧困率15.4%はG7の中でも高い部類だ。当初所得の格差(ジニ係数0.57)は高齢化の影響を含むが、非正規雇用の拡大・子どもの貧困・若年層の低所得という現役世代の問題も深刻だ。さらにフロー(所得)だけでなくストック(資産)の格差、特に世代間の資産分配の偏りが格差の固定化を促している。「格差のない豊かな社会」という自己イメージを再点検するデータが揃っている。
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