目次
日本企業の ROE が低いという話は、しばしば「日本の経営者は株主を軽視している」「稼ぐ力が弱い」で片づけられる。だが、その理解だけでは浅い。ROE は結果であって、低さの原因は利益率だけでなく、資本配分の癖や事業構造の温存にもあるからだ。
日本企業の ROE が低い本質は『経営者が努力していないから』ではなく、過剰現金、低採算事業の温存、低レバレッジを許してきた資本配分の慣行にある。
東京証券取引所が 2023 年以降に「資本コストや株価を意識した経営」を強く求めているのも、単に ROE の数値を上げてほしいからではない。資本を持ちすぎ、稼げない事業を抱え込み、株主に対する説明責任が弱い企業行動そのものを変える必要があるからである。
なぜ「日本企業は稼ぐのが下手だ」で終わらせると外すのか
ROE の低さを収益性だけの問題と見ると、利益率の改善だけに視線が向く。もちろん価格転嫁力の弱さや多角化による薄利は大きな論点だが、それだけなら「もっと稼げ」で話が終わる。
実際には、同じ利益でも自己資本が厚すぎれば ROE は低くなる。現金を積み上げ続け、使途の曖昧な資産を抱え、低採算事業を残せば、損益計算書より前に貸借対照表の構造で ROE は沈む。日本企業の問題は、利益を増やす努力不足というより、資本を動かさないことによる希薄化の方が根深い。
この視点が抜けると、好業績なのに ROE が低い会社や、利益率はそこそこでも株主価値が伸びにくい会社の理由を読み違えやすい。
ROE は利益率より先に、貸借対照表の癖で読むべきだ
ROE は利益率、資産回転率、レバレッジに分解できる。ここで日本企業に多いのは、利益率が特別に低くなくても、資産が重く、レバレッジが低いことで全体が鈍るパターンだ。
EDINET を見れば、時価総額に対して大きすぎる現預金や、説明の弱い政策保有株式、採算の薄い子会社群を抱えている企業は珍しくない。安全性のために現金を持つこと自体は悪くないが、恒常的に株主資本コストを下回る運用しかできないなら、それは守りではなく停滞である。
つまり日本企業の ROE 問題は、損益計算書の物語より、貸借対照表の意思決定に表れやすい。数字の低さは、結果としての「稼げなさ」だけでなく、「余らせ方」を映している。
低 ROE を支えるのは、低採算事業を切りにくい組織構造だ
日本企業では、事業撤退や資産売却が遅れやすい。雇用維持、取引先関係、社内の評価制度などが重なり、明らかに資本効率の悪い事業でも長く残ることがある。すると、高収益事業が稼いだ利益が全社平均の中で薄まり、ROE は上がりにくい。
この構造では、数字だけ見て「ROE が 8% を超えたから改善」と判断するのも危うい。一時的な利益回復や自社株買いで見かけの ROE が上がっても、資本配分の癖が変わっていなければ持続性は弱い。
重要なのは、何を売り、何をやめ、何に再投資したかである。ROE は結果だが、その結果を支えるのは事業ポートフォリオの更新速度である。
東証改革で問われているのは数値目標より説明責任だ
東証改革が持ち込んだ本質は、「PBR 1 倍割れを解消せよ」という単純な株価対策ではない。なぜその資本構成なのか、なぜその事業群を持ち続けるのか、なぜ余剰資金を還元も投資もしないのかを説明せよ、という要求に近い。
これは ROE 改善を無理にレバレッジで作れという話ではない。資本コストを上回る使い道がないなら還元する、低採算事業を抱える理由が薄いなら整理する、という資本配分の常識を企業行動に戻せということだ。
この観点から見ると、ROE 改善で評価すべき企業は、単に数字が上がった企業ではなく、資本政策の説明と事業再編が整合している企業である。
例外として、低 ROE がすぐ悪いとは限らない
ここまで読むと、低 ROE 企業はすべて問題に見えるかもしれない。だが、景気循環が大きい業種、巨額投資の前段階にある企業、規制業種の一部では、一定期間 ROE が低く見えること自体はあり得る。
重要なのは、低い理由を会社が説明できるか、その説明と実際の資本配分が一致しているかである。現金を持つ理由が成長投資の準備なら、その投資がいつ実行され、どのリターンを狙うのかが示されるべきだ。説明がない低 ROE と、説明可能な低 ROE は分けて考えた方がよい。
重要な論点
日本企業の ROE 問題を読むときに最も危ないのは、数値だけで「改善した」「遅れている」を判定することだ。見るべきは、利益率より前に資本の滞留と事業撤退の遅さ、そしてそれを正当化する説明の有無である。
したがって、投資家や実務者が先に確認すべき順番は明確だ。現預金は厚すぎないか。低採算事業を温存していないか。還元・投資・整理の優先順位が語られているか。そのうえで初めて ROE の数値に意味が出る。
まとめ
- 日本企業の低 ROE は、利益率の弱さだけでなく、過剰現金と低採算事業の温存という資本配分の問題に支えられている
- 東証改革が問うているのは、数値目標よりも、資本をなぜその形で持つのかという説明責任である
- 低 ROE の評価は一律ではなく、理由の説明と資本政策の整合性まで見て判断すべきだ
日本企業の ROE を変えるのは、掛け声ではない。余った資本を動かし、稼げない事業をたたみ、説明の弱い貸借対照表を作り替えることだ。そこまで踏み込まない限り、ROE 改善は一時的な見かけに留まりやすい。
引用元・参考リンク
免責事項 — 当記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。