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「保険は保障と貯蓄が一緒になって効率的」——この説明を耳にしたことがある人は多いだろう。しかし積立型生命保険の「投資としての利回り」を正確に計算した上でこの判断を下している人は少ない。本稿では内部利回り(IRR)の計算を通じて積立保険の実態を数字で理解し、「保険」と「投資」を分けて考える視点を提供する。
積立型保険の主な種類
積立(貯蓄)型の生命保険は以下のように分類される:
- 終身保険:一生涯の死亡保障と解約返戻金(解約時に受け取れる金額)を組み合わせた保険
- 養老保険:一定期間の死亡保障と満期保険金を組み合わせた保険(生死混合型)
- 個人年金保険:保険料を積み立て、老後に年金として受け取る保険
- 変額保険:保険料を投資信託等で運用し、成果によって保険金・解約返戻金が変動する保険
このうち終身保険・養老保険・個人年金保険は運用実績が確定しており、内部利回りを明確に計算できる。
IRR(内部利回り)の計算方法
IRR(Internal Rate of Return)とは、キャッシュフローの現在価値をゼロにする割引率のことだ。簡単に言えば、「この保険商品で実際に何%の利回りで運用されているか」を示す。
保険の場合:
- 毎月支払う保険料 = 負のキャッシュフロー(支出)
- 解約返戻金または満期保険金 = 正のキャッシュフロー(収入)
これを満たすIRRを求めると、保険の実質利回りがわかる。
具体例:終身保険の内部利回り計算
以下の条件を想定する:
- 契約者年齢:30歳
- 払込期間:30年(30歳〜60歳)
- 月払保険料:10,000円(年間12万円)
- 払込総額:360万円(12万円 × 30年)
- 60歳時解約返戻金:380万円(払込総額の約105.6%)
この場合のIRRを計算する。ここでキャッシュフローは:
- 0〜29年目(30年間): 毎年 −12万円
- 30年目末: +380万円
Excelのようなスプレッドシートでの計算では、XIRR関数またはIRR関数を用いる。概算では:
この場合のIRR ≈ 約0.3〜0.5%(年率)
払込期間中の解約返戻金の積み上がりも考慮したより正確な計算では、解約返戻金のピーク時(約70〜75歳)に解約した場合のIRRで比較することが多い。
75歳時解約(45年後)の場合
- 75歳時解約返戻金:450万円(典型的な終身保険の返戻率は払込総額の120〜130%程度)
払込総額:360万円
受取額:450万円
期間:45年
単純な利回り換算:(450 ÷ 360)^(1/45) − 1 ≈ 0.5%
IRRとしては約0.5〜0.8%(年率)程度。
これは2025〜2026年時点での定期預金の金利(0.1〜0.5%)と同等か、やや上回る水準だ。しかしインデックスファンドの長期期待リターン(年5〜7%)と比較すると、大きく見劣りする。
360万円を投資信託で運用した場合との比較
同じ月1万円を30年間、年率5%で複利運用した場合:
積立元本:360万円(月1万円 × 360ヶ月)
複利運用後(30年後):約831万円
終身保険の60歳時解約返戻金380万円に対し、投資信託等での積立運用は831万円と2倍以上の差になる。さらに30年後も運用を続け、45年後(75歳)にはさらに大きく膨らむ。
保険コストの暗黙の分解
積立保険の保険料は、大きく2つに分解できる:
保険料 = 保障コスト(純保険料の危険保険料部分) + 貯蓄部分(積立保険料)
シンプルな考え方として、以下の比較が有効だ:
- 同等の死亡保障を定期保険(掛け捨て)で用意した場合のコスト
- その定期保険との差額を投資信託で積み立てた場合のリターン
具体的な比較:
- 終身保険の月払保険料:10,000円
- 同等の死亡保障(3,000万円・30年)を定期保険で用意:月3,000〜5,000円程度
- 差額(積立原資相当):月5,000〜7,000円
この差額を年率5%で30年積み立てると:
月5,000円 × 30年 × 年5%複利 ≈ 約415万円
終身保険の30年後解約返戻金(380万円)を上回る。さらに定期保険は満期後に保障がなくなるが、その頃には積み立てた資産が保障の代わりを果たせる。
積立保険が有利になり得る場面
投資としては非効率な積立保険にも、合理的な活用場面がある:
1. 強制貯蓄の手段として
投資信託での積立は自分で解約できてしまうが、保険は解約ペナルティ(払込総額を下回る解約返戻金)があるため、強制的な貯蓄効果がある。自己規律の弱い人にとっては「解約しにくい」ことがメリットになる。
2. 相続税対策
生命保険の死亡保険金は「500万円 × 法定相続人の数」まで相続税が非課税になる。資産形成と相続税対策を兼ねる用途では、積立型生命保険が有効な手段となる。
3. 法人契約での税務メリット
法人が役員のために加入する法人契約では、保険料の一部または全額を損金計上できる場合がある(商品・形態によって規制あり)。これにより節税効果を享受しながら退職金原資を蓄積する手法として活用されてきた。
4. 医療・介護保障との組み合わせ
一部の積立型保険は、死亡だけでなく医療・介護保障を組み合わせており、複数の保障を一本化したい場合に利便性が高い。
重要な判断基準:保障と運用を分けて考える
最も合理的なアプローチは「保障と運用を分ける」ことだ:
- 保障:掛け捨ての定期保険や収入保障保険(コスパが高い)
- 運用:インデックスファンド・iDeCo・NISA(税制優遇活用)
このフレームで考えると、積立保険は「保障部分の過払い+運用効率の低さ」というダブルの非効率が生じることが多い。ただし強制貯蓄・相続税対策・法人活用という特定の文脈では有効な手段となる。
まとめ
積立型生命保険の内部利回りは、典型的な終身保険で年率0.3〜0.8%程度であり、インデックスファンドの長期期待リターン(5〜7%)と比較すると大きく見劣りする。「保険料を30年積み立てる」場合、同額を投資信託で運用した場合との差は30年後に数百万円規模になり得る。積立保険の合理的な活用シーンは、強制貯蓄・相続税対策・法人節税・複数保障の一本化といった特定の文脈に限られる。保険本来の機能(経済的損失への備え)は掛け捨ての保険で低コストに手当てし、資産形成は税制優遇のある投資口座で行うという「保障と運用の分離」が、多くの個人投資家にとって最も効率的な選択肢だ。
免責事項 — 当記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。