目次
2026 年 3 月、橘玲氏が 2012 年に執筆した記事が再掲載された。
ナポリの一等地で黒人のテキヤが偽ブランドを売っているのはなぜか?
ナポリの観光地で、黒人の物売りが偽ブランド品を堂々と売る。
その背景には、カモーラ(ナポリの犯罪組織)が支配する闇経済の構造がある。
本稿はこの闇経済の構造と、イタリアファッション業界の内幕を解説する。
ナポリという街
橘氏はナポリを以下のように描写する。
ナポリにもっとも似た町はベトナムのホーチミンだ。
- スクーター(ベスパ)がけたたましいクラクションを鳴らす
- 歩行者に突っ込んでいく
- 新興国の喧騒に近い活気
ヨーロッパの"都"であるミラノやローマとは違う、独特の活気がある。
奇妙な光景
ナポリで奇妙な光景を目撃する。
黒人の物売り
- 場所: ナポリ湾に面したヌオーヴォ城の入口、スパッカ・ナポリ(旧市街)の古い教会の前
- 商品: バッグなどの革製品
- 売り子: 黒人の物売り
ナポリ有数の観光地で、外国人が勝手に商売できるはずはない。
日本のテキ屋稼業と同じで、当然、ショバを仕切るヤクザの許可を得ているはずだ。
なぜ、ナポリのど真ん中で黒人がパチモノ(偽ブランド品)を堂々と売っているのだろうか。
カモーラの実態
その謎が解けたのは、ロベルト・サヴィアーノの**『死都ゴモラ 世界の裏側を支配する暗黒帝国』**(河出文庫)を読んだからだ。
本書の概要
- 著者: ロベルト・サヴィアーノ(ナポリ生まれのフリーライター)
- 出版: 20 代後半で執筆
- 売上: イタリアで 100 万部を超えるベストセラー
- 映画化: カンヌ映画祭グランプリ獲得
- 著者の現状: 警察の厳重な保護下で生活(カモーラに生命を狙われている)
カモーラによる死者数
サヴィアーノが生まれた 1979 年から 26 年間で、抗争などでカモーラが殺害した死者の数:
| 年 | 死者数 |
|---|---|
| 1979 年 | 100 |
| 1980 年 | 142 |
| 1981 年 | 111 |
| 1982 年 | 274 |
| 1983 年 | 204 |
| 1984 年 | 155 |
| 1985 年 | ―― |
| 1986 年 | 107 |
| 1987 年 | 172 |
| 1988 年 | 178 |
| 1989 年 | 228 |
| 1990 年 | 222 |
| 1991 年 | 223 |
| 1992 年 | 160 |
| 1993 年 | 120 |
| 1994 年 | 115 |
| 1995 年 | 148 |
| 1996 年 | 147 |
| 1997 年 | 130 |
| 1998 年 | 132 |
| 1999 年 | 91 |
| 2000 年 | 118 |
| 2001 年 | 80 |
| 2002 年 | 63 |
| 2003 年 | 83 |
| 2004 年 | 142 |
| 2005 年 | 90 |
ナポリの人口は 100 万人で、カンパニア州全体でも 570 万人しかいない。
ほぼ同じ人口の仙台や広島、北九州で、ヤクザの抗争で毎年 100 人から 200 人が殺されていることを想像すれば、これがいかに驚くべき数字かわかるだろう。
他組織との比較
カモーラによる死者は、以下の組織による殺害数を大きく上回る。
- シチリアマフィア
- ロシアマフィア
- スペインの ETA(バスク祖国と自由)
- アイルランドの IRA
ナポリでは死は日常茶飯事で、目の前で誰かが殺されても、ひとびとは目を伏せて足早に通りすぎるだけだ。
誰にも報道されないまま、ヨーロッパの中心の一角で、中東やアフリカの紛争国のような事態が起きているのだ。
イタリアファッション業界の内幕
『ゴモラ』の冒頭で、サヴィアーノはイタリアのファッション業界の内幕を描く。
零細工場の実態
華麗なイタリアブランドは、ナポリ周辺の町や村にある中小の縫製工場が支えている。
典型的な職場:
- 1 階を工場、2 階を経営者の家族が暮らす
- ガレージか倉庫のような建物
- 最低賃金は無視
- 1 日 10 時間働いて給料は月 500〜900 ユーロ
近年は安い中国製に押され、倒産や夜逃げが後を絶たない。
オークションの実態
ローマやミラノの大手ブランドは、ナポリの工場主たちを集めてオークション(入札)で仕事を発注する。
ブランドの担当者が生地や品質などの条件を読み上げた後、指定された数をどのような条件で請け負うかを競りにかける。
サヴィアーノが立ち会ったオークション:
- 発注: ドレス 800 着
- 最初の業者: 「40 ユーロ、2 カ月」
- 落札: 「800/25/25」(25 ユーロ、25 日)
競争は激しくこれでは儲けは出ないが、工場の設備や従業員を遊ばせておくわけにはいかない。
工場主の苦難
ブランドメーカーは、品質確認した完成品にしか支払をしない。
その間の従業員の給与や生産コストはすべて工場の立替え払いだが、いつ夜逃げするかわからないような工場に融資してくれる銀行はない。
これでは、仕事を完成させる前に資金繰りがつかなくなって倒産してしまう。
カモーラの役割
こんなとき、工場主が頼るのがカモーラだ。
融資の条件
カモーラは、工場主の弱みにつけこんで暴利をむさぼったりはしない。
- 融資金利: 2〜4%
- 銀行融資: 同じかそれよりも低い
もちろんカモーラは、慈善事業をしているわけではない。
彼らの目的は、低利の融資で零細な工場を支配下に置くことだ。
偽ブランドの生産
有名ブランドの入札に参加しても、すべての工場がじゅうぶんな仕事を取れるわけではない。
だがそうした工場にも従業員がおり、設備も揃っている。
このままなんの仕事も得られなければ、卓越した技術を持つ彼らは廃業するしかない。
そこでカモーラは、彼らに偽ブランドをつくらせるのだ。
本物と偽物の境界
こうして生まれるパチモノは、かぎりなく本物に近い。
偽ブランドの生産工場は、オークションで仕事を受注できれば"本物"をつくっていたはずだからだ。
こうして、本物と偽物の境界はかぎりなくあいまいになっていく。
具体例
アルマーニのスーパー L サイズ
- 本物: スーパー L サイズをつくっていない(ブランドイメージのため)
- 偽物: スーパー L サイズが揃っている
- 工場: アルマーニの正規品の縫製もしている
- 顧客: 本物か偽物かを問題にしない
素材の違い
- 洋服の生地: 大半が中国製(本物とまったく同じ"偽物"はできない)
- 革製品: 地元産(サイフやバッグならより精巧なものがつくれる)
現在ではカモーラは中国の犯罪組織とも接触し、"偽物"の生地の仕入ルートを開拓している。
いずれ本物にかぎりなく近いスーツやドレスが闇市場で売られるようになっても不思議はない。
販売ルート
ナポリ製の偽ブランドは、「特 A」品として、麻薬の販売ルートを通じてヨーロッパ各国や世界じゅうに売られていく。
香港の高級偽ブランド倉庫
橘氏が香港で案内してもらった倉庫:
- 雑居ビル
- エレベーターではなく階段
- 屈強な見張りのいるドアをいくつも通り抜け
- 厳重に施錠された分厚い鉄扉
- 「得 A」の品物が並ぶ(フランスやイタリアの超高級ブランド)
- きわめて精巧
- 価格:本物の半値から 3 分の 1
こうした"高級偽ブランド"も、もしかしたらイタリアの工場でつくられたのかもしれない。
ナポリの黒人の物売りの正体
『ゴモラ』によれば、カモーラは傘下の工場で生産させた偽ブランドを国外に輸出するだけでなく、地元で観光客相手に販売してもいる。
だが売り子にイタリア人を使うと検挙されたときにやっかいなので、ナイジェリアなどからの不法移民に品物を卸し、街の一等地で売らせているのだ。
ナポリの教会の前に黒人の物売りがいたとしても奇異に思うだけで、私のような一介の旅行者にはその背後に隠されているものまではわからない。
観光客だけでなく、『ゴモラ』が世に出るまでは、当のイタリア人ですらこんな秘密は知らなかった。
私が見たのは、イタリアの宿痾ともいえる闇経済の一部だったのだ。
結論:闇経済の構造
ナポリで黒人のテキヤが偽ブランドを売る背景には、以下の構造がある。
- カモーラの支配 - 零細工場を低利融資で支配
- 偽ブランドの生産 - 卓越した技術を持つ工場で偽物を生産
- 販売ルートの確立 - 不法移民を使って観光地で販売
- 本物と偽物の境界の曖昧化 - 同じ工場で本物も偽物も生産
これは単なる犯罪ではなく、イタリアの経済構造そのものに根ざした問題だ。
観光客が見る表面の光景の背後に、複雑な闇経済の構造が隠されている。
参考:
引用元・参考リンク
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