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年金の二つの設計思想
公的年金制度には、まったく異なる二つの財政方式がある。「賦課方式」と「積立方式」だ。この違いは単なる会計的な技術論ではなく、「誰が誰を支えるのか」という社会的契約の根幹に関わる。
賦課方式(Pay-as-you-go: PAYG) は、現在の現役世代が支払う保険料を、現在の高齢者への給付に充てる方式だ。「世代間仕送り」とも言われる。今の高齢者が受け取る年金は、今の若者が支払った保険料から来ている。
積立方式(Funded System) は、各人が現役時代に積み立てた保険料とその運用益を、将来自分が受け取る方式だ。原理的には「自分の貯蓄を自分が使う」に近い構造となる。
賦課方式の仕組みと数理
賦課方式の基本収支式は単純だ。
年金給付総額 = 保険料収入総額
これを個人レベルに展開すると:
高齢者1人への給付額 = 現役世代の人数 × 1人当たり保険料
つまり「支援比率(現役者数 ÷ 高齢者数)」が制度の安定性を左右する。支援比率が高い(若者が多い)社会では保険料負担が軽く、給付水準も維持しやすい。反対に支援比率が低下すると(高齢化が進む)、同じ給付水準を維持するには現役世代の負担を引き上げるか、給付を削減するしかない。
ここで重要な理論的概念が「サミュエルソン条件」だ。経済学者ポール・サミュエルソンは1958年に、賦課方式の暗黙の収益率が「人口成長率 + 賃金上昇率(=経済成長率の2つの要素)」に等しくなることを示した。
賦課方式の収益率 ≈ n + g (n = 人口成長率、g = 一人当たり実質賃金上昇率)
これは直感的にも理解できる。今の若者が老後に受け取れる年金は、将来の現役世代が支払う保険料に依存する。将来の現役世代が多く(人口増加)、賃金が高い(経済成長)ほど、現在の若者への将来給付は増える。
積立方式の仕組みと数理
積立方式では、各人の保険料が実際に金融市場で運用される。老後に受け取る給付は、積立てた元本と運用収益の合計だ。
受取額 = 積立元本 × (1 + 運用利回り)^T (T = 積立期間)
積立方式の収益率は市場利回りそのものだ。歴史的な実質株式リターン(世界平均で年5〜7%程度)が実現すれば、積立方式は賦課方式より高い収益率を生む可能性がある。
ただし「すべての人の年金資産を金融市場で運用する」という意味での純粋な積立方式は、現実にはほとんど存在しない。理由は二つある。
移行コスト問題: 現在の賦課方式から積立方式に切り替えるには、今の高齢者への給付を維持しながら同時に若者の積立も行う「二重の支払い」が発生する。この移行コストを誰がどう負担するかが難問だ。
投資リスク: 積立方式は運用リスクを個人が負う。市場暴落が退職直前に起きると、老後の生活設計が崩壊する。個人が引き受けられないシステミックリスクを社会全体で分散するのが公的年金の機能の一つであり、積立方式はその機能を弱める。
なぜ日本は賦課方式なのか
日本の公的年金(国民年金・厚生年金)は、賦課方式を基本に修正積立方式の要素を加えた「修正積立方式」とも呼ばれるが、実質的には賦課方式に近い。
歴史的には、戦後の高度成長期に人口が急増しており、賦課方式のもとでサミュエルソン条件(n + g)が高水準だったため、賦課方式の選択は合理的だった。また制度発足時点で「今の高齢者(積立をしていない世代)」に給付を行うには賦課方式しかなく、これが不可逆的な制度設計につながった。
積立方式への完全な移行が「理論的には優れていても現実には困難」な理由は、この移行コスト問題に帰着する。
少子高齢化への耐性比較
少子高齢化は賦課方式にとって構造的な逆風だ。支援比率の低下(少子化)と1人当たり給付期間の延長(高齢化・長寿化)が同時に進むため、制度の持続可能性が問われる。
日本の厚生年金を例にとると、制度発足当初は支援比率が10超だったものが、現在は2程度まで低下している。2040年代には1.5程度になる見通しもある。この変化は保険料率の引き上げや給付水準の調整なしに制度維持が不可能なことを示す。
積立方式はこの「支援比率の低下」という問題を直接的には持たない。しかし少子化は経済全体の成長力低下にもつながり、市場利回りに影響する可能性がある。また、多くの国が積立方式を採用した場合、一斉に年金資産を売却する時期(団塊世代の退職)に資産価格下落のリスクがある。
まとめ
賦課方式と積立方式は、世代間での所得移転を行うか否か、リスクをどの主体が負うかという点で本質的に異なる。賦課方式は人口増加・経済成長が続く社会では安定した制度だが、少子高齢化社会では支援比率低下という構造的課題を抱える。積立方式は運用収益という別の財源を持つが、移行コストと投資リスクが課題だ。現実の年金制度はこの二つを組み合わせており、どちらが「正解」かではなく、人口・経済・リスク許容度に応じた最適な配分比率を継続的に見直す仕組みが求められる。
免責事項 — 当記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。