揚水発電所の模式図
揚水発電の慣性提供 | X
目次

2026 年 3 月、X で揚水発電の「空回り」技術が注目された。

日本全国に約 40 箇所の揚水発電所があり、総設備は約 2,700 万 kW に上ります。中でも東京電力 HD の 100%子会社で再エネ発電事業を継承して 2020 年 4 月に発足した東京電力リニューアブルパワーは 9 箇所 (計約 760 万 kW) と最も多く保有しています。

揚水発電所は、かつては「巨大な電池」として知られていた。

しかし、再エネ時代において、その役割は**「系統安定化装置」**へと進化している。

本稿はこの揚水発電の「空回り」技術、慣性提供の仕組み、そして再エネ時代における重要性を解説する。

揚水発電の現状

日本の揚水発電所

項目 数値
揚水発電所の数 約 40 箇所
総設備容量 約 2,700 万 kW
東京電力リニューアブルパワー 9 箇所(約 760 万 kW)

東京電力リニューアブルパワーは、東京電力 HD の 100%子会社で、再エネ発電事業を継承して 2020 年 4 月に発足した。

再エネ時代の課題:慣性の喪失

従来の電力系統

これまでの火力発電や原子力発電、水力発電では、巨大で重い回転体(同期発電機)を勢いよく回すことで電気を作ってきた。

この重い回転体には「一度回り始めると簡単には止まらない」という物理的な性質、つまり**「慣性」**(運動エネルギー)がある。

電力ネットワークにトラブルが発生してリズムが崩れそうになっても、この巨大な回転体が重石(おもり)となって踏ん張ることで、周波数の急激な変動を抑えてきた。

再エネの弱点

ところが、近年急増している太陽光発電や風力発電は、パネルやタービンで直接電気を作り、インバータを通じて系統に接続するため、こうした「回る重石」を持っていない。

そのため、再エネの割合が増えれば増えるほど、電力ネットワーク全体の**「粘り強さ」**(慣性)が失われ、少しのきっかけで周波数が大きく乱れ、大規模停電につながるリスクが高まってしまう。

解決策:揚水発電の「空回り」

同期調相運転

そこで、発電はしなくても「重石」として機能させるために、揚水発電所のポンプ水車・発電電動機を無負荷状態で回し続ける同期調相運転」(またはロータリーコンデンサ運転)という技術が活用されるようになった。

この技術を実現するためには、少し特殊な工夫が必要だ。

水面押し下げ運転(dewatered operation)

通常、ポンプ水車は水の中に浸かっているが、そのまま空回りさせると水の抵抗(摩擦損失)が大きすぎて、回し続けるために膨大な電力を消費してしまう。

そこで、水面押し下げ運転(dewatered operation)と呼ばれる方法を使う。

  1. 吸出し管(ドラフトチューブ)内に圧縮空気を送り込む
  2. 水位を無理やり押し下げる
  3. ポンプ水車(ランナー)を空気中で回転させる

これにより、まるで巨大な独楽(こま)を空気中で回すように、少ない電力消費で効率よく回転を維持できる。

二つの役割

こうして空回りしている発電電動機は、以下の二つの役割を果たす。

役割 説明
慣性提供 電力ネットワークのリズムが乱れそうになった瞬間に、巨大な回転エネルギーを使って変動を和らげるクッションのような役割
電圧調整 励磁装置で無効電力を調整することで、系統の「電圧」を一定に保つ手助け

まさに一台で慣性提供と電圧調整の二役を担っている。

可変速揚水発電

従来型との違い

さらに最近では、回転速度を自由に変えられる「可変速揚水発電」という先進的な設備も導入されている。

これまでの定速タイプとは異なり、回転の速さを細かく調整できるため、回転体の持つ慣性エネルギーをより柔軟に活用できる。

フライホイール運転

可変速タイプの場合、「フライホイール運転」と呼ばれるモードでは、空回り状態のまま回転数を少し上げたり下げたりして、短時間で±20MW 程度の電力を素早く出し入れできる。

これにより、太陽光や風力発電が急に増えたり減ったりしたときに、周波数の乱れをすばやく抑えることが可能だ。

英国の事例:同期補償装置

リスター・ドライブの挑戦

英国でも同様の技術が導入されている。

特に注目を集めているのが、リバプールの「リスター・ドライブ・グリーン・グリッド・パーク」だ。

ノルウェーの Statkraft 社と ABB 社の技術により、2023 年から 2 台の同期補償装置が稼働を開始した。

各装置には、**40 トンもの重さがある「フライホイール」**が組み合わされており、極めて高い慣性を生み出す。

このプロジェクト 1 つで、2025 年に英国全体で必要とされる最低慣性量の約 1% をカバーできるほどだ。

英国の状況

英国の系統運用機関であるナショナル・グリッド(National Grid ESO)が導入を進めているのが、同期補償装置だ。

この装置の外見は大型発電機に似ているが、「電気を作らない」のが最大の特徴だ。

電力網からわずかな電力を得て空回りを続けることで、その巨大な回転質量が「慣性」を提供する。

さらに、電圧の調整や故障時の電流供給もサポートし、電力網の安定性を底上げする。

揚水発電の役割変化

過去:巨大な電池

揚水発電所といえば、かつては「巨大な電池」というイメージが一般的だった。

夜間の余剰電力で水を汲み上げ、昼間の電力需要ピーク時に発電する——これが従来の使い方だ。

現在:系統安定化装置

現在では、その巨大な回転体そのものが、変動性再生可能エネルギーを大量に導入する電力系統の**「安定化装置」**として期待されている。

時代 役割 技術
過去 巨大な電池(エネルギー貯蔵) 通常運転
現在 系統安定化装置(慣性提供) 同期調相運転、可変速運転

再エネ普及への影響

慣性の必要性

再エネの割合が増えるほど、慣性の重要性は高まる。

  • 太陽光 30% 以上 - 慣性不足のリスクが高まる
  • 風力 20% 以上 - 周波数変動のリスクが増加

揚水発電のポテンシャル

日本の揚水発電所は、以下のポテンシャルを持つ。

  • 総設備容量: 2,700 万 kW
  • 慣性提供: 大規模な回転体による安定化
  • 調整力: 可変速技術による迅速な対応

これは、再エネ大量導入時代の電力系統にとって、極めて重要な資産だ。

課題と今後の展望

課題

  1. 老朽化 - 多くの揚水発電所が建設から数十年が経過
  2. 維持コスト - 空回り運転にも電力コストがかかる
  3. 環境影響 - 生態系への影響への配慮が必要

今後の展望

  1. 可変速技術の普及 - より柔軟な調整力の提供
  2. AI 制御 - 需要予測との連携による最適運転
  3. 水素製造との連携 - 余剰電力の水素製造への活用

結論:再エネ時代の隠れた主役

揚水発電所は、再エネ時代において**「巨大な電池」から「系統安定化装置」**へと役割を進化させている。

  • 空回りで慣性を提供 - 周波数変動を抑制
  • 可変速で調整力を提供 - 再エネの変動を吸収
  • 電圧調整も担当 - 系統の安定性を底上げ

脱炭素社会の実現には、再エネの拡大だけでなく、それを支える系統安定化技術が不可欠だ。

揚水発電の「空回り」技術は、その鍵を握る存在だ。


参考:

引用元・参考リンク

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